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最高裁判所第二小法廷 昭和27年(オ)938号 判決 1954年11月26日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士野瀬長治の上告理由は末尾添付のとおりである。

上告理由第一点について。

意思表示をなすについての動機は表意者が当該意思表示の内容としてこれを相手方に表示した場合でない限り法律行為の要素とはならないものと解するを相当とする。原判決の認定した事実によれば、買主中村は現居住者伊藤より同居の承諾を得た結果、被上告人から本件家屋を買受けるに至つたのであるが、本件売買契約を締結するに当り買主側において、右伊藤の同居承諾を得ることについては相手方たる売主被上告人に対し何等表示されなかつたばかりでなく、却つて売買に際し売主被上告人は買主中村の代理人松井に対し、伊藤が居住したまま且つ伊藤の立退については責任を負わない旨申し入れており、更に買主代理人松井は本件一万円を被上告人方に持参の際、被上告人の妻よりその前夜伊藤から同居拒絶の旨買主側に伝えてほしいとの申し出があつた旨告げられたのにかかわらず、松井はなお且つ被上告人に右一万円を支払つたものであるというのである。以上の事実によれば、伊藤の同居承諾を得るということは、買主中村の本件売買の意思表示をなすについての動機に過ぎず、そしてこの動機は相手方に表示されなかつたのであるから、相手方に表示されなかつた動機の錯誤は法律行為の要素の錯誤とならない旨判断した原判決は正当といわなければならない。原判決には所論の如く首尾一貫を欠く理由不備の違法ありとの非難の当らないのは勿論、所論引用の判例は事案を異にし本件には適切のものとは認められないから判例違反の論旨も採用することができない。

同第二点について。

他人の賃貸居住している家屋の売買につき買主が当該家屋を自己使用(賃借人より明渡しを受け又は賃借人と同居する等)するには賃借人との直接交衝によつてもその目的を達し得るところであるから、たとえ所論売主である被上告人が買主中村の自己使用の目的の買入であることを熟知していたからといつて、そのことだけで所論現住者伊藤の同居承諾を得ることが本件売買契約の要素であるとは断ずることはできないのである。それ故本件の場合要素の錯誤に当らないと判断した原判決に所論の違法ありということはできないから論旨は採るを得ない。

同第三点について。

論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律第一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、また同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものとは認められない(しかし、要素の錯誤による契約の無効を原因とする本件請求は、所論の如くその本質は不当利得による返還請求の一種と解せられるから、もし本件が右以外の理由を原因とする一般の不当利得としての要件に欠けるところがないならばその返還請求を為し得ることは格別である)。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見によつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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